ドレスデン発 ■ 日常生活・建築・食を中心に路上観察委員会の視線で綴ってゆきまする
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「子供が生まれる予定です」という話を聞いてから生まれるまではあっという間だが、自分が当人の場合には長い時間に感じる。しかし、今回は自分にとってもあっという間の出来事であった。お花坊が生まれてから1年1ヶ月2週間後に次女のゆな坊が生まれた。年子だぜ。子供は二人欲しいけど、3年後に生んだらぴかぴかの高齢出産になるし、仕事を中断できるような状態なのか、などなど考える間もなく。
ありがたいことに某建築系雑誌社から仕事をいつもいただき、妊娠期間中は忙しくも充実した時間を過ごせた。日本行きとEU内の出張が5回、つまり乗り換えがあるので往復では5回×4フライト=20フライトも乗ってしまい、夏の家族旅行では車でプラハ経由ウィーン旅行。それでも育つものは育ち、予定日より10日遅れの2009年2月7日午前9時23分に生まれた。
前回が24時間の耐久レースでクスリ盛りまくりだったのに比べ、今回は朝6時に痛みで目がさめ、7時半に病院に転がり込み、それから2時間以内の早業。臨月に入ってからは睡眠と栄養に気をつけており、「痛み止め打ってください」と頼む間もなかったのでエネルギーの消耗が少なく、回復も驚くほど早かった。しかも、今回は足のむくみもこむらかえりも口腔内の乾きもなく、体重の増えも少なくて妊娠期間が楽だったので、しかも医師まで「前回の妊娠と間隔が短いし、小ぶりでしょう」というのでてっきりそう思っていたら、それを上回る3680グラム。予想も経験も前例もあてにならないスリリングな体験が妊娠出産、というのが結論。
とかなんとか色々あったにも関わらず、生まれたホワホワのゆな坊は天敵お花坊にもめげず、すやすやと眠る。バスタイムにゴム製カモのおもちゃをパカ!っと頭に当てられても、ミルクタイムに絵本の角をぶつけられてもなんのその。飲んで、眠って、ウンチしているだけなのに、ぺったりと抱っこされて眠る赤ちゃんのフワフワの暖かさは極上のシアワセ感をもたらしてくれる。人生の最初はみな同じなのに。
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10月の初めに2件出張が重なった。ドレスデンからハンブルグへ列車で向かってハンブルグ泊、翌日は午前3時45分起床で空港に向かい、7時発のフライトでパリに向かった。ホテルにチェックインした後に仕事を終えた。パリで2泊したが、街歩きも仕事の一部であるので積極的に無駄歩きをしてみた。
合計3泊4日の旅であったが、ハンブルグ料理やパリのビストロ料理を口にしたことはゼロ。ハンブルグでは仕事が8時過ぎに終了し翌朝早いこともあり、ハンブルグに引っかけたつもりではないがバーガー・キングでハンバーガーをテイクアウト。ホテルの部屋でテレビを見ながら食べた。
二日目の朝食はハンブルグ空港のラウンジでクロワッサンとカフェオレ。これはいたってドイツでもあり得る朝食。機内で朝食と称して出されたサンドイッチをとっておき、パリのホテルにチェックインした後に部屋で昼食替わりに食べた。2つの仕事をとりあえず予定通りこなしたのだから、何か美味しいものを食べよう!と気力はあったのだが疲労もしていた。ビストロに入ってフランス語だけのメニューと格闘して注文するのも楽しいと同時にストレスなのだ。飛び込んだのは、ホテルの目の前にある韓国料理レストラン。水餃子と石焼ビビンバを注文。ドレスデンでは美味しい韓国料理にありつけないので、これはこれで意味のあることだと自分を納得させる。
三日目の朝食はカフェでカフェオレとクロワッサン、のはずが近所のスターバックスに入った、というよりか入ってしまった。入った瞬間の匂いや空間の感覚や色彩は、さすがアメリカ発だけあって「どこも一緒」。マニュアル化とスタンダード化の徹底ぶりはパリでも健全。ドアをあけてすべり込んだ時におぼえた安心感に心身ともにラクになる感覚。「あ、いつもの感じ」。
買い物をしたり歩いたりの二日目のランチはパニーニのテイクアウト。それを休憩のつもりで帰ったホテルの部屋で食べる。夜はホテルの目と鼻の先にある「椿食堂」へ。寿司屋を思わせるカウンター席で、日本人のおじさんがオーナー。魚の味噌漬け定食、16ユーロなり。ご飯、味噌汁、漬物、ヒジキなどの小鉢が3,4皿ついてこのお値段。フツウに美味しく食事をいただけたこと、これに安堵感。
四日目の朝食は迷わず昨日と同じスターバックスへ。ここまでくれば開き直りの心境。別に悪いことしているのではないのだから「開き直り」という表現ではないのだが、どこか後ろめたさがあるらしい。ドレスデンに戻る日であったので、パリ市内から脱出するタイミングが気になるが、乗換えのあるフライトなので食事も気になる。午後7時発のフライトは国際線なので5時頃にはチェックインしなくてはいけない。4時頃パリ市内を出発しても、ドレスデン空港に到着して我が家に着くのが夜の11時頃になる。ロクな食べ物にはありつけない哀しき乗換え有りのEU内フライト。3時過ぎに椿食堂に飛び込む。ミンチカツ定食13ユーロ。小鉢も沢山つくのでお腹いっぱい!帰宅するまでロクでもない食事状況を覚悟していたので、これは大正解。
学生の頃、何度かバックパックかついでのYH宿泊1ヶ月旅行をしたことがあった。成田を出てから成田に到着するまで日本食を一切拒否した。今では成田を出発したら和食を選び、間食も迷わずおにぎり。帰国便でも同様。好奇心から、あるいは経験と称して外国モノに手を出して疲れない年頃ではなくなっている、つまり老いということ。結局、「慣れ」なのだ。年齢がつきまとうのは哀しいことなのだが、慣れを無視できなくなっている自分に今回の旅で出会った。世界中どこに行ってもマクドナルドに入り、どこのレストランでもコカコーラを注文するアメリカ人をまんざら馬鹿にもできない。

えーみなさま。まことにばかばかしい話がございまして。
なんだかんだで今月は金が入り用でございまして。
別に、男に貢いでるってわけじゃござんせんのですが。
その、とにかく出掛けりゃ不思議なもんで金って出て行くもんなんですね。
お恥ずかしいんですが、とうとう札入れにはレシートとカードのお控えばかりになってしまいましてね。
えー、それでも小銭入れには500円玉という頼もしい存在がおいでなさったりなんかして、日々しのいでいたんでございます。
底をつく、とはこのことでして。
大学生協のパンショップで昼食を買おうと思ったら、手持ちが153円。
153円でござんすよ。
どんなに安いおにぎりやパンでも80円だから、2個は買えないときたもんで。
80円のパンを2つ買ったら160円ですから、7円足らないんですよ。
コンビニで7円のお釣りなんかがきた日にゃユニセフに募金ですよ。レジの横の箱にチャリンってね。
その7円のために私はひもじい思いをしなくちゃいけないんでござんす。
最近は身の上に色々ございまして、近所のコンビにで酒を1本買ったのが運のツキといいますか、とにかく153円で東京の中で生き抜こうと思ったらそりゃ並大抵のことじゃございません。
こうなったらコストパフォーマンスの高いモノを選ぶしかないんでございます。
メロンパンとか。
近頃の趣味じゃないので遠慮させてもらいましたがね。
クリームなんかが白パンに挟まったのが2個入って120円というのを買いました。食パン1斤という手もあるのですがね。
ま、カロリーが高い、というのもポイントがお高いところでして。
100円玉と50円玉を出すと、10円玉が3枚お釣りにきました。
チャリン…!その音を聞くと寂しいやら清々しいやら、不思議な感じがいたしましたでございますよ。
しかもクレジットカードを財布に入れるのをやめている今日この頃なので、本当に33円ポッキリ。
すってんてんってやつですよ。
先立つもの、とはよく言ったものでして。
いつものようにあれしたい、これ買いたい、なんておもうのですが、金がないんで「おっといけない金太郎」と仕方なく取り止めになるんですよ。
その程度で取り止めにできることなんざ、所詮しなくても買わなくても構わんことなんでございますね。
するってぇと普段はいかに無駄なことに金を使っているかが見えてくるもんでして。
先立つものがないおかげで色々制限を受けるのでございますが、なかなかに慣れてくると気持ちのいいもんでございますよ。
窮屈だと思うって?ところがどっこいの牛若丸、一晩あけてみるとこれがきれいさっぱりの宇治金時、忘れているんでございますよ。
これが正真正銘のシンプルライフっていうもんですかね。
(建築論ゼミ用レジュメより 2004年11月18日)
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人生初めての入院生活は絶好調。

掃除しなくてもいいし、料理しなくてもいい。大手を振ってベッドの上で食っちゃ寝生活ができるのだ。

新生児は日本の病院では新生児室にて預かりとなるが、ここでは自分の近くに新生児用移動ベッドを置くことになっており、産んだ翌日から早速オムツ替えだの授乳だのお世話することになる。

1223日に退院希望を出していたが、たいしたことのない黄疸で退院を許されなくなった。日本では当然なのだが、ここではなぜか大騒ぎされる。

そして、私が出産3日目にして下痢に見舞われた。食事で出されたハムサラダを見て「妊娠中だったらこういうのがアヤしいから食べないんだが」と思い、一瞬ヤバイかもと脳裏をかすめたが食べたのが見事に大当たり。「下痢なんです」と言っても「熱っぽいんです」と言っても看護婦たちは「疲れているのは当然、しっかり寝なさい」と言う。30分ごとにトイレにスーパーダッシュが単なる疲れであるわけないでしょ!と大袈裟に訴え、やっと異常だと思ってくれた。

専用シャワーとトイレ付の個室に隔離され、入口には消毒液まで設置されてまさに感染病棟並み。食事を取りに行こうと思うとすでにドアの内側に置いてある。出歩かないでくれ、という空気が漂う。くたばってなるものか、こんなところで。

出産に伴う諸々の痛みに加えて、頭痛・吐き気・下痢・腹部周辺の熱がトッピングされて惨めなことこの上ない。不幸中の幸いにて、お花坊は相変わらず快眠・快便・快飲。

薬を与えられ、これがまた恐ろしいほどよく効き、ピタリと下痢がとまってそのまま回復。ひえ~有難いけどクスリってこわすぎる。

その日も病院にやってきた相方は、私がいつもの部屋にいないこと驚き、通りがかった医者に尋ねたところ隔離措置を知ったらしい。「『病院内の他の患者にもノロウィルスが出ているので、ノロかもしれない』ってさっき医者が言ってたけど」ってアナタ、えー!ノロウィルス!!とおっしゃいましたか。絶対にあのサラダがアヤシイ。日本だったら新聞沙汰でしょうが。騒ぐぞコラぁあっ!後日友人から聞いたのだが、ちょうどこの頃、私が滞在していた病院ともう一つの病院でノロウィルス集団感染という記事が掲載されていたとか。宝くじになら当たってもいいけど、こんなものに大当たりしたくない。

お花坊の黄疸でなかなか退院許可が下りなかったので結局は1週間の監禁プレイとなり、27日に出所してシャバの空気を吸った。

家に帰ったら3人になっていた。以前と変わらない空気が流れている、でもお花坊がいる。

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2007年1220日午後57分に娘のお花坊が生まれた。

出産予定日は聖ニコラウスの日(126日)だったが、頭が下りて来ていても前駆陣痛が1ヶ月前から始まっていても出てくる気配がなかったので、2週間遅れの19日午後4時半に陣痛促進剤開始となった。この点滴がクセモノで、1本終えるのに5時間かかる。しかも全く効き目はなく夜に突入したため、体力温存のために睡眠をとることにし、翌20日の朝から点滴再開。

点滴の針がずっと腕に刺さっているのは重苦しく、常になんとなく痛い。陣痛促進剤の効果のなさに医者も助産婦も困惑している。「PDA(無痛分娩)か帝王切開しかない」と言われ、緊張して鉄壁のようになっている子宮をリラックスさせる目的でPDAに。こんなもんのお世話になるつもりはなかったんだが。後遺症などが記載された誓約書に署名させられる。麻酔科の専門医が全身白衣で登場し、軽く麻酔を背中に打つと感覚がなくなり、背中でごそごそ作業をしている。「何も感じません」と言うと「そうじゃなきゃいけないよ!」と。神経にまで達するまで針を刺す。背中の上に管を這わして肩口から薬を入れるシステムらしく、針や管を固定するために工事現場のように幅広のテープをバリバリに貼られてしまう。クスリってすごい、子宮口が10センチ開いても痛みなし。破水をしてもらってようやく陣痛が誘発された。いわゆる凄まじい陣痛は最後の1時間しかなく、心の準備がないままに「う、動けない、トイレに行っておきたかったのに」という痛みの波がやってきた。

すでに20時間ほど私につきっきりの相方は「すぐ終わると思う」と言う。お産のどのプロセスにいるのかまるで理解していない私は「この痛みはいつまで続くんだい」と思ってしまう。

「はい力んでいいですよ」と助産婦に言われても、その力む感覚が分からない。やったことないことやるってこんなに大変なのかしらん。ウンチする感じ♪と、この病院で出産した友人のセリフを思い出した。

陣痛の合間の束の間に睡眠とれる自分に感心、とか思っているうちにうげぇ~来たぜ、次の陣痛。堪え性のない私は相方の手にしがみつき、彼は私の髪をひたすら撫でてくれる。

声を出すことが痛み逃しに効果があり、図にのって絶叫。久々の絶叫は結構気持ちいい。しかし、剃刀のような鋭い痛みが。会陰切開したな、と思うといきなり弱気。でもここでやめるわけには行かないのでヤケクソで頑張る。

にゅるん、と生暖かい物体がお腹の上に。めでたく終了。死なずに産めてしまった。茹で上がりのようなお花坊はびっくりしたように目をぱちくり、もぞもぞ手足を動かしている。

どーでもいいけど、ヒリヒリと痛くて顔がゆがむ。1センチ裂けたから縫合。肉が裂けるって…それを考えただけで血の気がひく。

所要時間24時間。夜11時頃、相方はガソリンスタンドでシャンパンの小瓶を買ってきて、二人で病院の一角で乾杯。

 

浣腸剤にはじまり陣痛促進剤、子宮口弛緩剤、PDA。こんなに短時間に体にクスリ入れておかしくならないことが不思議だ。

陣痛促進剤の点滴のために24時間刺していた左腕3ヶ所の針、背骨の間に刺さっていたPDAの針、1センチ縫合のあとが痛む。そして後陣痛の痛み、授乳による乳首の痛み。夢中でしがみついていたために背中一面筋肉痛。

全身傷だらけ、薬漬け。

それでも経膣出産にしがみつく現代人の「自然的なもの」への偏執性に疑問を感じる。何が「自然」なのだか分からない。人間は年中繁殖期なのだからすでに脳の繁殖プログラムがぶっ壊れていると考えると、人間は「自然」とはかけ離れているもの。そうなると、帝王切開だろうと経膣出産だろうと自然分娩だろうと無痛分娩だろうと陣痛促進剤使用だろうと、すべての議論は五十歩百歩に聞こえる。だったら、帝王切開でサクっと短時間で終えるほうがいい。もっとも、妹が「内臓を一度空気にさらすことは可能な限り避けるべき」説を唱え、なるほど納得できることではあるので考え直している次第。

特に、無痛分娩に対する異論が多いが、歯医者に行って「麻酔なしで治療をします」と言われたら誰しも驚くのではないだろうか。しかし「出産は自然に起こるもの」と言うのであれば頭痛や生理痛だって体の営みの一つであり、それに対して鎮痛剤を飲むのであるから、無痛分娩はその延長と考えられないだろうか。個人の選択に任せるのであればそれはそれに越したことはないが、神格化したような「陣痛の痛みに耐える出産」崇拝だけは勘弁願いたい。修行じゃないんだから。

看護婦に深夜たたき起こされて授乳させられながらそんなことを考えた。ついさっき会ったばかりのヒトの世話をさせられている、と感じるのは私だけだろうか。

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プロフィール
HN:
Yoco Fukuda-Noennig
性別:
女性
職業:
ジャーナリスト
自己紹介:
横浜育ち、現在ドイツのドレスデン在住。

日本女子大学家政学部住居学科卒。
早稲田大学理工学研究科建築歴史系研究室修士課程修了。
日本女子大学人間生活学研究科博士課程修了(学術博士)。
研究機関における専門は、住居史。

活動
■建築系雑誌a+u(architecture and urbanism)のコレスポンダント
■ドイツ在住日本人向け情報誌ドイツ・ニュース・ダイジェストの「私の町のレポーター」のライター
http://www.newsdigest.de/news
de/content/blogcategory/115/69/
■JETRO通商弘報のライターhttp://www.jetro.go.jp/biznews/

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