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路上観察委員会 in Dresden, Germany
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先日、近所の散歩の帰り道に友人に呼び止められた。カフェにいて、これから車に戻るのだという。「そこのカフェのケーキけっこういけるんですよ」とその友人は言った。
たしかにそこのケーキは日本人に馴染みある華やかなケーキで有名だ、しかしケーキがうまいかどうかなんてこと、この時はどうでもよかった。
ハタチそこそこの若い男性が一人でカフェでケーキを食べる、という事実に素通りできなかった。
その瞬間、「我が家がすぐ近くであることは知ってるんだから、どうして声をかけてくれなかったの?ケーキを食べる時間くらい作ってつきあってあげたのに」と思った。
つまり、男子がケーキをひとりで食べる行為に哀愁を感じ、その「寂しい行為」を見過ごせなかったのだ。
宴会でビールを手酌で注いでいる人を見つけたら駆けつけずにいられない、それに近い悲哀を感じた。
しかし彼は何度も言った。「よく一人で行けるな!ってまわりからも言われるんです。でも僕にとっては当たり前のことなんです。でも普通じゃないんでしょうかね?」
その場面を何度想像しても私の感想はこうだ。「ってゆーか、フツーは男子がひとりでカフェでケーキなんて食べないよっ」

とにかく素通りできないので、色々と分析してみた。
甘いものは女性のものだから男性が食べるのは少々恥ずかしい、というクリシェは日本独特であるため、ここではあくまで日本人限定の話にしたい。

年齢関係なく男性がグループでケーキを食べていたら、ちょっと見かけない光景だけれどもありえるかな、と思える。
男女複数であれば問題ない。
つまり、ケーキに対して「男性ひとり」というのが引っかかることになる。

では食べ物を検証。
「男性ひとりで牛丼を食べる」という図はカウンター席でよく見かける光景だ。
ラーメンも生姜焼き定食もOKだ。
その友人がカウンター席でかつ丼を食べている場面に遭遇したことがある。
つまり、食べるものが「ケーキ」になったとたん、「男性ひとり」はブブーということになる。

「男性」「ひとり」「甘いもの」。
高田馬場駅前の猥雑な広場をぬけ、古書店や商店が並ぶ早稲田通りにある古い甘味屋さんで枯れた爺さんがぜんざいをひとりで食べる、を想像してほしい。
むしろ絵になり、風情があるなぁと思ってしまう。

もとい。

けれどもこのご時世、これまでの固定概念をぶち破ることはよく勃発している。
かなり前だが、女性の競馬場通いが流行り、赤鉛筆片手に競馬新聞という女性をみかけたことがあった。
焼酎を女性がたしなむようになったのもすでにジュラ紀白亜紀の大昔。
エアロビクスのクラスに男性が参加するのも当たり前。
だったら「男子ひとりケーキ」だっていいじゃないか?

何が最大に引っかかるのかを自問したところ、それは職業であることに気づいた。
この「職業」という要素が加わるか否かの影響は実は大きい。
歌舞伎役者が、弁護士が、医者が、サラリーマンが、農家のおっさんが、新幹線の運転手が、トラックの運転手が、デザイナーが、首相が「ひとりでケーキを食べていた」ら?
それらの職業はあまり「男子ひとりケーキ」にさしたる意味を持たないのではないだろうか。
その友人はスポーツをプレイすることを生業としている、もっといえばそのスポーツはサッカーだ。
スポーツには、そのスポーツの特性ゆえイメージが伴う。
フィギュアスケートの羽生選手がケーキをひとりで食べていたら?可憐でむしろ似合ってしまって違和感ないかも。
野球のイチローだったら?横綱の鶴竜だったら?テニスの錦織選手だったら?ゴルフの石川選手だったら?卓球の選手だったら?騎手だったら?モーグルの選手だったら?カーリングの選手だったら?
ちょっとは驚くかもしれないけど、「ケーキ好きなんですねえ」でおわり、放っておけない哀愁はない。
恐らくは、サッカーは体張るスポーツ指数が高いゆえ、何かが違う?
だとしたらサッカーよりもその指数が高いスポーツは他にもある。ラグビー、レスリング、ボクシング。格闘家っていう職業もある。
番外だが、アニマル浜口がひとりでケーキ食べていたら、あのオヤジさんのキャラでお笑いの域だろう。ケーキも気合だぁっ!
松岡修造に「ひとりでケーキ?」と聞いたら「ケーキの情熱と繊細さのハーモニー、それを僕は味わいたいんだ、ケーキとの一対一の勝負なんだ!」と熱く返されそうだから遠慮しておこう。
もとい。
サッカーの特殊性は、その認知度の広さに尽きる。
かつて日本の全国民がピンクレディーや山口百恵や松田聖子に一極集中したように。
一部のコアなファンのものではないのだ。
自分のみならず家族や地域や国のひっくるめたところの「夢」を託せる存在がサッカーの選手であり、それゆえに憧れは他の種目を引き離して強い。
他のスポーツでもいいじゃんって思うが、そうはさせないところがサッカーの根幹にある魅力なんだろう。

つまり、そーゆースポーツの選手がひとりでカフェでケーキを食べている、ということに結局は突出した何かを感じたのだ。その何かは哀愁だった。
「男性」「ひとり」「甘いもの」という要素に「サッカー選手」という要素がプラスされたことで引き起こされる化学変化の先の哀愁。
自分にとってはフツーのことをしただけなのに、こんな大仰に書かれてさぞかし余計なお世話だろうが、しかし彼はまたひとりでカフェに行ってケーキを食べるだろう、そういう人なのだ。
かっこええじゃんっ。

単なるイメージ論なのかもしれない。

実は、これを書いて公開することについてご本人に許可をもらっている。
最後まで、「男子ひとりケーキ」、いや正確にいえば「サッカー選手のひとりケーキ」に哀愁を感じて「こんなこと書いて大丈夫?」と案じてしまう自分を超えられない証。
どう分析したところで、最初の直感を脱していないのだ。
行き着くところは悲しいかな、イメージなのだ。なーんだ、結局イメージだけの話。
国際的なコンクールで優勝した日本人バイオリニストは長い黒髪が美しい可憐で知的な容姿で人気だが、彼女がタバコを吸う姿は公にはされていない。
アイドルが恋愛禁止というのもイメージがあるからだ。
究極のイメージは、処女マリアが天使カブリエルから受胎告知を受けることだろう。すべての母親は処女ではない、しかし聖母であるには処女でなくてはいけないのだ。すっげーな。
イメクラなんぞは名前に「イメージ」がついているくらい。看護婦やセーラー服着ただけで興奮できるからイメージのすごさを実感する。
イメージによる想像力の豊かさにただ感嘆するばかりだが、日本には古来より「見立て」の文化があるから、イメクラも見立ての一種と思えばいいのかな。

ま、彼がサッカー日本代表に選ばれたら本人の許可なくマスコミにこのネタをあげるけどね。

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今年も昨年と同じだろう、と思っていたが、果たしてその通りの展開になった。
夫は結婚記念日の6月9日はイタリア出張のために早朝に家を出る予定であったため、私は9日になったと同時にピンクと真紅の薔薇とシャンパンをテーブルに並べた。
シャワーから出てきた夫はキッチンに入ったが、とくに薔薇に目もとめずに準備をしている。
「あっそう!!!!」という反応。夫はこの日を忘れてしまうことにも慣れたようだ。
エリザベス女王の在位六十年記念行事が先日開催されていたが、五という数字は最初の一区切りの数字のように感じる。
「今までありがとう、これからも、、、まだ続くよねえ」と半分冗談半分冷や汗の気持ちがシャンパン乾杯のときにあったような。
日々丁寧に過ごす、それで次の区切りの十周年まで続くことを願うばかり。

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今回に限り、能動的ではなく受動的にブログを更新している。
理由は簡単。
「1件も記事が投稿されておらず、記事数0件の状態が過去6カ月以上経過しているブログ」が停止対象になるという連絡がきたから。
このブログが思いっきりその対象にひっかかる。
気分がノらないだの書きたいテーマがないだの、四の五の言っている場合ではない。
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大学の講義が朝一に入っているので夫は朝食後あわただしく出かけていった。
6月9日。
結婚記念日だ。完全に夫は忘れている。
もっとも覚えていることをハナから期待していないが。
この日の数字の特殊性のおかげで忘れずにすむ。
こうなったら徹底的に結婚記念日を祝うしかない。
夫が結婚記念日を忘れていることに気づいた時に自己嫌悪に落ちることは計算済み。
保育園に送りにいった後でスーパーに寄ってスパークリングワインを買う。こうなったらピンクだ。
そして花束は欠かせない。いぢわるな魔女のような笑いをうかべながらバラの花束を2つ買う。「ヒーッヒッヒ、ラブリーなピンクにしてやれ」。
料理を準備しているときも笑いがとまらない。もっと気分悪くしてやれ。
トドメは“Ardbeg”というウィスキーのプレゼント。ピンクのリボンをかける。先日の出張のときにフランクフルトの空港で仕入れ、タンスの中に隠しておいた。
シャンパングラスをみて夫は気づいた。言葉にならない。
「しまった!」という苦い顔をしている。
平身低頭の平謝りする彼。
「ああ!気分が悪い」と地団太踏んで後悔している。この瞬間を待っていました。
そして最終兵器はウィスキーのプレゼント。ヒーッヒッヒ、どうじゃ。

とても楽しい結婚記念日でした。
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 ドイツに暮らし始めて丸6年が経った頃の今日、とうとう夕食に目玉焼きを準備してしまった。手元が狂ったわけでもなく、誰かに薦められたわけでもなく、突然自分から「食べたい」と思ったのである。日本にいた頃、所属していた大学の女性の教授が「夕飯に目玉焼きを作ったら息子が激怒したのよ」という話をし、「そりゃ怒るがな」と笑わせていただいたことがある。目玉焼きは朝食、と日本では相場がきまっているが、ドイツではしばしば夕食に目玉焼きが出る。食事のメニューに厳格な規則があるわけではないが、なんとなく夕食にしか食べない、あるいは朝食には出さないなどの暗黙の了解がある。朝からカレーライスやグラタンは重いし、夕食にホットケーキだったら落ち着かない。それにしても、自然と目玉焼きが夕食に食べたいと思ったことに驚いた。これだけはやってはいけない、と思っていたことなのに、在ドイツ生活が5年を越えた頃からその最後の砦的なことが次々となくなりつつある。夕食に目玉焼き、もそのひとつ。
こういう現象を私の造語で「ドイツ化(germanization)」という。
おにぎりの具がゆで卵だったり味噌汁の具がミカンの缶詰だったらさすがに離婚を考える、と忘れられない話を披露してくれた友人がいたことをなんとなく思い出す。
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プロフィール
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ライター、ジャーナリスト(建築系)
自己紹介:
横浜育ち、現在ドイツのドレスデン在住。
専門分野は建築史(住宅史)。

活動
■某建築系雑誌のコレスポンダント
■ドイツ在住日本人向け情報誌ドイツ・ニュース・ダイジェストの「私の町のレポーター」のライター
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