人生初めての入院生活は絶好調。
掃除しなくてもいいし、料理しなくてもいい。大手を振ってベッドの上で食っちゃ寝生活ができるのだ。
新生児は日本の病院では新生児室にて預かりとなるが、ここでは自分の近くに新生児用移動ベッドを置くことになっており、産んだ翌日から早速オムツ替えだの授乳だのお世話することになる。
12月23日に退院希望を出していたが、たいしたことのない黄疸で退院を許されなくなった。日本では当然なのだが、ここではなぜか大騒ぎされる。
そして、私が出産3日目にして下痢に見舞われた。食事で出されたハムサラダを見て「妊娠中だったらこういうのがアヤしいから食べないんだが」と思い、一瞬ヤバイかもと脳裏をかすめたが食べたのが見事に大当たり。「下痢なんです」と言っても「熱っぽいんです」と言っても看護婦たちは「疲れているのは当然、しっかり寝なさい」と言う。30分ごとにトイレにスーパーダッシュが単なる疲れであるわけないでしょ!と大袈裟に訴え、やっと異常だと思ってくれた。
専用シャワーとトイレ付の個室に隔離され、入口には消毒液まで設置されてまさに感染病棟並み。食事を取りに行こうと思うとすでにドアの内側に置いてある。出歩かないでくれ、という空気が漂う。くたばってなるものか、こんなところで。
出産に伴う諸々の痛みに加えて、頭痛・吐き気・下痢・腹部周辺の熱がトッピングされて惨めなことこの上ない。不幸中の幸いにて、お花坊は相変わらず快眠・快便・快飲。
薬を与えられ、これがまた恐ろしいほどよく効き、ピタリと下痢がとまってそのまま回復。ひえ~有難いけどクスリってこわすぎる。
その日も病院にやってきた相方は、私がいつもの部屋にいないこと驚き、通りがかった医者に尋ねたところ隔離措置を知ったらしい。「『病院内の他の患者にもノロウィルスが出ているので、ノロかもしれない』ってさっき医者が言ってたけど」ってアナタ、えー!ノロウィルス!!とおっしゃいましたか。絶対にあのサラダがアヤシイ。日本だったら新聞沙汰でしょうが。騒ぐぞコラぁあっ!後日友人から聞いたのだが、ちょうどこの頃、私が滞在していた病院ともう一つの病院でノロウィルス集団感染という記事が掲載されていたとか。宝くじになら当たってもいいけど、こんなものに大当たりしたくない。
お花坊の黄疸でなかなか退院許可が下りなかったので結局は1週間の監禁プレイとなり、27日に出所してシャバの空気を吸った。
家に帰ったら3人になっていた。以前と変わらない空気が流れている、でもお花坊がいる。
2007年12月20日午後5時7分に娘のお花坊が生まれた。
出産予定日は聖ニコラウスの日(12月6日)だったが、頭が下りて来ていても前駆陣痛が1ヶ月前から始まっていても出てくる気配がなかったので、2週間遅れの19日午後4時半に陣痛促進剤開始となった。この点滴がクセモノで、1本終えるのに5時間かかる。しかも全く効き目はなく夜に突入したため、体力温存のために睡眠をとることにし、翌20日の朝から点滴再開。
点滴の針がずっと腕に刺さっているのは重苦しく、常になんとなく痛い。陣痛促進剤の効果のなさに医者も助産婦も困惑している。「PDA(無痛分娩)か帝王切開しかない」と言われ、緊張して鉄壁のようになっている子宮をリラックスさせる目的でPDAに。こんなもんのお世話になるつもりはなかったんだが。後遺症などが記載された誓約書に署名させられる。麻酔科の専門医が全身白衣で登場し、軽く麻酔を背中に打つと感覚がなくなり、背中でごそごそ作業をしている。「何も感じません」と言うと「そうじゃなきゃいけないよ!」と。神経にまで達するまで針を刺す。背中の上に管を這わして肩口から薬を入れるシステムらしく、針や管を固定するために工事現場のように幅広のテープをバリバリに貼られてしまう。クスリってすごい、子宮口が10センチ開いても痛みなし。破水をしてもらってようやく陣痛が誘発された。いわゆる凄まじい陣痛は最後の1時間しかなく、心の準備がないままに「う、動けない、トイレに行っておきたかったのに」という痛みの波がやってきた。
すでに20時間ほど私につきっきりの相方は「すぐ終わると思う」と言う。お産のどのプロセスにいるのかまるで理解していない私は「この痛みはいつまで続くんだい」と思ってしまう。
「はい力んでいいですよ」と助産婦に言われても、その力む感覚が分からない。やったことないことやるってこんなに大変なのかしらん。ウンチする感じ♪と、この病院で出産した友人のセリフを思い出した。
陣痛の合間の束の間に睡眠とれる自分に感心、とか思っているうちにうげぇ~来たぜ、次の陣痛。堪え性のない私は相方の手にしがみつき、彼は私の髪をひたすら撫でてくれる。
声を出すことが痛み逃しに効果があり、図にのって絶叫。久々の絶叫は結構気持ちいい。しかし、剃刀のような鋭い痛みが。会陰切開したな、と思うといきなり弱気。でもここでやめるわけには行かないのでヤケクソで頑張る。
にゅるん、と生暖かい物体がお腹の上に。めでたく終了。死なずに産めてしまった。茹で上がりのようなお花坊はびっくりしたように目をぱちくり、もぞもぞ手足を動かしている。
どーでもいいけど、ヒリヒリと痛くて顔がゆがむ。1センチ裂けたから縫合。肉が裂けるって…それを考えただけで血の気がひく。
所要時間24時間。夜11時頃、相方はガソリンスタンドでシャンパンの小瓶を買ってきて、二人で病院の一角で乾杯。
浣腸剤にはじまり陣痛促進剤、子宮口弛緩剤、PDA。こんなに短時間に体にクスリ入れておかしくならないことが不思議だ。
陣痛促進剤の点滴のために24時間刺していた左腕3ヶ所の針、背骨の間に刺さっていたPDAの針、1センチ縫合のあとが痛む。そして後陣痛の痛み、授乳による乳首の痛み。夢中でしがみついていたために背中一面筋肉痛。
全身傷だらけ、薬漬け。
それでも経膣出産にしがみつく現代人の「自然的なもの」への偏執性に疑問を感じる。何が「自然」なのだか分からない。人間は年中繁殖期なのだからすでに脳の繁殖プログラムがぶっ壊れていると考えると、人間は「自然」とはかけ離れているもの。そうなると、帝王切開だろうと経膣出産だろうと自然分娩だろうと無痛分娩だろうと陣痛促進剤使用だろうと、すべての議論は五十歩百歩に聞こえる。だったら、帝王切開でサクっと短時間で終えるほうがいい。もっとも、妹が「内臓を一度空気にさらすことは可能な限り避けるべき」説を唱え、なるほど納得できることではあるので考え直している次第。
特に、無痛分娩に対する異論が多いが、歯医者に行って「麻酔なしで治療をします」と言われたら誰しも驚くのではないだろうか。しかし「出産は自然に起こるもの」と言うのであれば頭痛や生理痛だって体の営みの一つであり、それに対して鎮痛剤を飲むのであるから、無痛分娩はその延長と考えられないだろうか。個人の選択に任せるのであればそれはそれに越したことはないが、神格化したような「陣痛の痛みに耐える出産」崇拝だけは勘弁願いたい。修行じゃないんだから。
看護婦に深夜たたき起こされて授乳させられながらそんなことを考えた。ついさっき会ったばかりのヒトの世話をさせられている、と感じるのは私だけだろうか。
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日本女子大学家政学部住居学科卒。
早稲田大学理工学研究科建築歴史系研究室修士課程修了。
日本女子大学人間生活学研究科博士課程修了(学術博士)。
研究機関における専門は、住居史。
活動
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■ドイツ在住日本人向け情報誌ドイツ・ニュース・ダイジェストの「私の町のレポーター」のライター
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