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路上観察委員会 in Dresden, Germany
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DDRの世界 ドイツ一長いアパート

DDR時代は…」「これはDDRのものだ」という、東ドイツを意味するDDR(デーデーエール)という単語をよく聞く。映画「グッバイレーニン」で描かれているように統一後は西側のモノが一気に押し寄せたとはいえ、大小様々にDDRがなんとなく、且つしぶとく残っている。DDR時代の都市計画においてプラッテンバウ(Plattenbau)と呼ばれるプレハブ建築は60年代以降のDDRを象徴する建築であり、都市景観を形成する上で重要であった。しかし、建設から40年以上が経ち、順次リノベされているが、その一方で経年変化のためにみすぼらしい図体を晒しているものも多く、そのいくつかはすでに空き家になっている。2006年がドレスデン建都800年ということもあり、聖母教会の完成を筆頭に町中がほっくり返されて整備が進んでいるが、このところ「用無し」と判を押されたDDR時代のプラッテンバウが取り壊しの憂き目にあっている。次々と新しくきれいになっていく中で取り残されていたとはいえ、いざ取り壊し工事がはじまると「ああやっぱり」と寂しそうに見る年配の市民がちらほら。
そのプラッテンバウの中でも飛びぬけて巨大なものが、ドレスデン中央駅から北に伸びて歴史的地区に至るプラーガー通りが始まるまさに玄関口にたっている。1966年に建設され、11階建て、全長250メートルという長さはドイツ一長い。ル・コルビュジェのユニテ・ダビシオンのコンセプトに基づくDDR版である。エキスパンションジョイントなしに一気にこの長さとは、地震がない土地ゆえになせる業。DDR時代の都市計画では、中央駅の前に巨大な広場、そこから伸びるプラーガー通りの東側にこのアパート、西側には長方形と正方形の建物(現在はホテル)が幾何学模様に配置されていた。この広場は取り壊されてドイツでありきたりのガラス張りの商業建築が建てられ、DDR時代の都市計画は虫食いのように取り壊されつつある。
このアパートの脇にはコープヒンメルブラウ設計の映画館(1998)が建てられ、この映画館と、疲れ果てて横たわる巨大な社会主義時代の遺産とのコントラストが強烈だった。仮囲いができたときにはいよいよシャカ行きかと思ったが、実は全面改装するという。ドイツが誇る古都なのに、中央駅を降りたらいきなり社会主義建築に出迎えられることに最初はショックを受けたが、この巨大な老体がさっぱり新しくなってしまうことに寂しさを覚えた。
もちろん、取り壊しか保存かでしばらく議論があった。結局「文化財(Denkmal)」として指定されたため、改装されることになったのである。一番の争点は、Denkmalに指定された建築は「美しい古い街」というイメージに帰着しなくてはいけない、ということであった。現在のドイツ人の感覚からいっても、私個人の感覚から言わせてもらってもDDRのプラッテンバウはおよそ美しいシロモノとはいえない。しかし、DDR時代には政治的理由もあり、「美しい建築」だったのである。DDR時代のプロダクトのチープ感覚がノスタルジーをそそるという理由で専門店までオープンするほどブームで、その煽りを受けているとは言えないまでも、DDR時代の一つの記憶として保存されることになった。
全面改装につぎ込まれる2千4百万ユーロという巨額も話題になった。薄暗い色彩がいかにもDDRだったが、改装後は真っ白に生まれ変わった。
 
Detail Japan HP/DJ people Blog 2007年7月9日掲載/一部変更)

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建築 悩める石畳

ヨーロッパの古い町並み=石畳。
こういうオートマチックな公式は確かに正しい。パリの凱旋門周辺の石畳が数年前に交換されることになり外されて山積みにされた折、ナポレオンの凱旋を見守ったこれらの石畳が持ち去られないように24時間態勢で監視されたというニュースがあったように、歴史ある街に石畳はつきもの。観光用の馬車が行き交うと、「ああ、かつてはこういう音がしていたんだな」と心躍る。石畳の上をハイヒール履いて犬の散歩をするローマのマダム。ゼンパーオペラでオペラを鑑賞した後に余韻に浸りながら、街灯に照らされた石畳を歩いて自宅まで帰る…私はここドレスデンでこんな贅沢をしている。
観光だけなら石畳はステキだ。隙間にハイヒールがハマってしまう。メンテナンスがされていない凹凸の表面の場合には足首を捻挫しそうになる。車が通ればうるさく、車に乗っていてもビシビシと伝わる振動は不愉快だ。
少なくともドレスデンでは、ド観光地域以外にあるかつての石畳はアスファルトで覆われている。我が家のある場所は、観光の延長地域の真ん中にある、祭だクリスマス市だと大賑わいになる地域に囲まれてはいるが静かである。前面道路は「幸い」にもアスファルトで覆われている。住んでいる家の前の道路が石畳なんて、実はステキなことではない。「見た目だけだよ」と今の人々は言う。アスファルトで舗装されると住人はホっとするものだ。
ある朝、カッポンカッポン!と乾いた甲高い音が聞こえてきた。窓から馬車が見えた。ちょうど祭の期間だったので、そのために出向く最中だったらしい。アスファルトなのにこの音。これが石畳だったらどうなってしまうんだ!とその時思った。
時々、アスファルトの破れ目からかつての石畳の表面が見える場合がある。当然のことながら、ドレスデンは石畳で前面覆われていたのであろう。毎日とんでもない量の車が通るようになった現在、アスファルトって、石畳って…。
Detail Japan HP/DJ people Blog 2007年11月23日掲載)
えーみなさま。まことにばかばかしい話がございまして。
なんだかんだで今月は金が入り用でございまして。
別に、男に貢いでるってわけじゃござんせんのですが。
その、とにかく出掛けりゃ不思議なもんで金って出て行くもんなんですね。
お恥ずかしいんですが、とうとう札入れにはレシートとカードのお控えばかりになってしまいましてね。
えー、それでも小銭入れには500円玉という頼もしい存在がおいでなさったりなんかして、日々しのいでいたんでございます。
底をつく、とはこのことでして。
大学生協のパンショップで昼食を買おうと思ったら、手持ちが153円。
153円でござんすよ。
どんなに安いおにぎりやパンでも80円だから、2個は買えないときたもんで。
80円のパンを2つ買ったら160円ですから、7円足らないんですよ。
コンビニで7円のお釣りなんかがきた日にゃユニセフに募金ですよ。レジの横の箱にチャリンってね。
その7円のために私はひもじい思いをしなくちゃいけないんでござんす。
最近は身の上に色々ございまして、近所のコンビにで酒を1本買ったのが運のツキといいますか、とにかく153円で東京の中で生き抜こうと思ったらそりゃ並大抵のことじゃございません。
こうなったらコストパフォーマンスの高いモノを選ぶしかないんでございます。
メロンパンとか。
近頃の趣味じゃないので遠慮させてもらいましたがね。
クリームなんかが白パンに挟まったのが2個入って120円というのを買いました。食パン1斤という手もあるのですがね。
ま、カロリーが高い、というのもポイントがお高いところでして。
100円玉と50円玉を出すと、10円玉が3枚お釣りにきました。
チャリン…!その音を聞くと寂しいやら清々しいやら、不思議な感じがいたしましたでございますよ。
しかもクレジットカードを財布に入れるのをやめている今日この頃なので、本当に33円ポッキリ。
すってんてんってやつですよ。
先立つもの、とはよく言ったものでして。
いつものようにあれしたい、これ買いたい、なんておもうのですが、金がないんで「おっといけない金太郎」と仕方なく取り止めになるんですよ。
その程度で取り止めにできることなんざ、所詮しなくても買わなくても構わんことなんでございますね。
するってぇと普段はいかに無駄なことに金を使っているかが見えてくるもんでして。
先立つものがないおかげで色々制限を受けるのでございますが、なかなかに慣れてくると気持ちのいいもんでございますよ。
窮屈だと思うって?ところがどっこいの牛若丸、一晩あけてみるとこれがきれいさっぱりの宇治金時、忘れているんでございますよ。
これが正真正銘のシンプルライフっていうもんですかね。
(建築論ゼミ用レジュメより 2004年11月18日)
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東京ディズニー・ランドと盆栽 
285,117,000
この数字が何を表しているかお分かりだろうか?1983年にオープンして以来の東京ディズニー・ランドの累計入場者数である。2000年の来場者数が17,300,000人であり、日本の人口が1億2千万人であることを考えると驚異的な数字である。2001年の調査では、いままでに30回以上来場した人は18.7%、1029回来場した人は40.7%であり、東京ディズニー・ランドの客の約60%がリピーターということになる。年々来場者数は増加しており、たった4分程度のアトラクションに2時間も待たなくてはならないことはここでは特別なことではない。48.3ヘクタールのエリア内に47000人(1日の平均入場者数)がひしめきあう場所なんて世界中でもここだけかもしれない。大人一人5500円(2002年当時)もする高いパスポート代を払って辛抱強く並ばなくてはならないにもかかわらず、日本人はディズニー・ランドが大好きである。私も一年に一度は必ず行きたくなる。
日本人はなぜそんなに東京ディズニー・ランドが好きなのか?
東京ディズニー・ランドだけに限らず、日本人はテーマ・パークがことさら好き。戦国時代や江戸時代など昔の日本をモチーフにしたテーマ・パークはもちろん人気があるが、外国の町や家をモチーフにしたものも人気が高い。新潟ロシア村、柏崎トルコ文化村、赤城高原牧場クローネンベルク・ドイツ村(ドイツの農村)、うえのドイツ文化村、岡山農業公園ドイツの森クローネンベルク、グリュック王国(中世ドイツ)、長崎ハウステンボス(オランダ)、パルケエスパーニャ志摩スペイン村、ふなばしアンデルセン公園(デンマーク)、倉敷チボリ公園(デンマーク)、ポルトヨーロッパ(イタリア・スペイン・フランスの港町)などなど。調べれば出てくる出てくる、書いている当の本人のほうが予想以上の結果にたまげている。
外国をモチーフにした場所はテーマ・パークに限らず、外国の風景を再現した小さな一角が突然町の中に現れたりする。東京の住宅街の中に、いきなり石畳の道路とハーフ・ティンバーのドイツの家や、ヴェネチアの運河とゴンドラそれにパラッツォが登場する。
d8458179.JPG以前話題になったヴィーナス・フォートは、17世紀のイタリアの町並みを再現したショッピング・モール。そこでは、イル・ジェズ教会やパッラーディオの建築の屋根に建っている人像を彷彿とさせるものに会える。東京ディズニー・ランドから町なかの小さな外国風の一角まで、「人工的に模倣した外国」は日本人の箱庭趣味の一つと言われる。

箱庭とは、「箱の中に土砂を入れ、小さい木や陶器製の人形・家・橋・舟などを配して、庭園・山水などを模したもの」である。好みに応じて箱の中でミニチュア風景を作ることできる。それから転じて、限られた狭い場所に、自分好みの世界を作り出すあるいは他を模倣して再現することを好む日本人の趣味を一般的には箱庭趣味と呼んでいる。テーマ・パークや町なかの小さな外国風の一角は箱庭趣味の典型例であるが、それ以外にも、日本人は限られた狭い空間に世界を展開することが得意で、あちこちにみることができる。細長い町屋には光や通風のために小さな中庭が必要であり、それは坪庭として立派な様式を確立している。また、盆栽は近年海外でも本が出版されるなど、日本文化の一つとして有名になっている。盆栽の持ち主は、たった鉢一つに植えられた木の枝の形にとんでもない情熱を注ぐ。

東京ディズニー・ランドに代表されるテーマ・パーク人気や町なかに突如現れる外国風の一角は、現代日本の奇異な側面として外国人に映るかも知れない。しかし、これらを愛する日本人の精神の奥深くには、伝統的な日本文化を支えてきた日本人の精神構造と密接な関係がある。それを解くカギが「箱庭趣味」ではないかある。

 

2 日本庭園

725cba93.JPG世界の庭園の形式は、整形式庭園と自然風景式庭園の二つに大別できる。整形式庭園は、16世紀のヨーロッパで生み出された形式で、自然の樹木や石、あるいは地面や池、川などを人為的、幾何学的に加工して作り出した庭園をいう。自然風景式庭園は、自然の姿をありのままに模倣するか、あるいはその特徴を損なうことなく濃縮して作り出した庭園の形式である。日本の伝統的な庭園は後者にあてはまる。
平安時代、貴族たちの間では国々の名勝を庭園に模写することが流行した。嵯峨天皇の皇子源融(822895)の広大な敷地は京都の加茂川の傍らに位置し、奥州塩釜の風景を模写したものであった。また、伊勢神宮祭主であった大中臣輔親(9541038)の庭園は、天橋立を写したものであったという。平安時代中期には、当時流行した浄土思想の影響から貴族たちが寺院を造営することが多くなり、浄土の雰囲気を持つ庭園が造られるようになった。平等院の庭園はその最も有名な例である。
 ce9f35dd.jpg日本最古の造園書である『作庭記』は平安時代の造園技法を集大成したもので、源氏物語が書かれるなど貴族を中心とした王朝文化が栄えた平安時代の後期(12世紀)に書かれた。その造園書は、自然の山水や国々の名所をモチーフとして、築山・池・嶋・白砂平庭・遣水・滝の6つの要素で構成することが日本庭園の姿であるとしている。この手法は、抽象的表現・具象的表現の両方で、今日にまで脈々と続いている。

『作庭記』にも明記されているように、自分が気に入ったよその土地の風景をモチーフとして壁で囲まれた自分の庭に再現することは日本庭園の基本的手法である。限られた空間に好みの世界を作り上げることに喜びを感じる精神は、箱庭趣味の精神と通じる。そして大切なのは、模写を原寸大で行うのではなく、いかにもそのように見えるような象徴だけを選択し、あるいはデフォルメして行うことである。

 

3 究極にデフォルメされた自然:盆栽

盆栽とご老体はなぜかセットでイメージされる。日本では、盆栽は「引退した金持ちじいさんの趣味」というイメージがある。それと同時に、我が子やペットに対する愛情以上の愛情をもっていつくしみ育てている様子が目に浮かぶ。実際に、盆栽は金と時間を費やさなくてはならない手のかかる趣味である。理想とする手本の型に盆栽を作り上げるためには、複雑で細かい技術が必要で、作り手は細心の注意と管理を怠ってはいけない。
徳川幕府が終焉を迎え、1868年に明治が始まると同時に多くの外国人が日本に流れ込んだ。盆栽を奇異と感じ、同時に賞賛した彼らはPotted dwarf treeと盆栽を訳した。日本の衣食住・文化のすべてが小ぢんまりと整っていることに興味をひかれ、中でも盆栽はその象徴的なものであった。
7bonsai.jpg鉢一つという限られたスペースで好みの木の形に育てる盆栽は、究極の箱庭趣味である。極度にコントロールされて育てられる小さな盆栽は、ミニチュア趣味の一つと思われるかもしれない。しかし、それはあたかも自然の姿を持つように本来の姿を凝縮させ、人工的にデフォルメされた一つの世界なのである。
さらに興味深いことは、盆栽は支配者や権力者、政界・財界の大物に愛されてきたということである。徳川幕府の三代将軍家光は異常なほど盆栽を愛した。彼は、江戸城内の花畑を夜間も警護させ、箱枕の中には小さな盆栽を入れて寝たといわれている。周囲の人々や国を支配したい人々にとって盆栽は、自分の意志で自由に相手を好きなようにコントロールしたいという支配欲を満足させることができる対象なのだろう。

 

4 現代の箱庭
テーマ・パークや外国風の町を模した一角を注意深く観察すると、伝統的な日本庭園の技術や盆栽の精神に支えられていることがわかる。
530123b3.jpg長崎ハウステンボスは、自然の海に面してオランダの風景や町並みが再現されたテーマ・パークである。チューリップと風車の組み合わせはなくてはならない要素である、それは日本人が持っているオランダのイメージだからである。自然の海岸線に作られた港には昔風の船が繋留してあり、宮殿や小さなコテージ群が行儀よく敷地内におさまっている。海抜以下のオランダでは、港に隣接して宮殿とその庭園が存在することはないし、宮殿に隣接して一般市民の小さなコテージ群があることはありえない。しかし、限られた敷地の中ではこれらは歩いていける距離内に不自然でなく配置されており、来場者は一度にたくさんの「オランダ」を楽しむことができるのである。e714f85f.jpg
プリンツヒェン・ガルテンは、東京・品川の住宅地にあるたった3軒程度の建物の一角である。そこの一角だけは石畳が敷き詰められ、あたかも中世のドイツの町にいるように感じる。ハーフ・ティンバーの家と石畳は日本人が持つ典型的なドイツのイメージであり、これらの構成要素が3軒分の限られた敷地の中に凝縮して再現されている。




8abbe0ab.jpgヴェネチアを模したラ・ヴィータもプリンツヒェン・ガルテン同様に、住宅地の中にある。ヴェネチアの運河沿いに立ち並ぶ開放的なパラッツォが敷地を囲んでおり、道路からイタリア風の路地を入ると、広い空間に出る。そこには広場があり、広場の中心には市庁舎らしき高い建物があり、ヴェネチア特有の橋が4メートル×20メートル程度の運河にかかっておりゴンドラが浮かんでいる。運河と運河に架かる橋、ゴンドラ、広場、パラッツォはまさにヴェネチアのイメージであり、これだけの多くのものを住宅地の一角の狭い敷地に詰め込んでヴェネチアを破綻なく再現している手腕は器用としかいいようがない。もちろん、すぐ脇には車道があり、電信柱が接近しているフツウの日本の風景がある。
自分が好む他の風景や町をモチーフとして限られたスペースに望むままに加工されて再現されたこれらの世界は、周囲のコンテクストからは断絶されているにもかかわらずデフォルメされているおかげで、本物以上に本物らしくみえる。

 

5 箱庭趣味、いまだ健在

明治維新以来日本は、ヨーロッパやアメリカの経済や産業に追いつくべく盲目的に西洋化をすすめてきた。その過程では多くの伝統的なしきたりや有形・無形の文化が消滅し、衰退していった。着物を自分で着られる人は限られており、畳の上に長時間座ることができなくなり、外来語抜きでは日常会話も成立しない。日本人でも説明不可能な現代の文化を創造し続ける一方で、喪失したアイデンティティを悲痛に発見しようとしている。しかし、摩訶不思議な日本の現代文化の本質に迫ったとき、我々は大切に維持してきた精神を潜在的に受け継いで活用していることに気付くことができる。

急速に普及した携帯電話は現代日本人の手のひらサイズの「盆栽」かもしれない。待ち受け画面に好きな画像を取り込み、多くの中から好みのストラップを選び、好みの着信メロディーを取り込み、シールを貼ったり…自分だけのオリジナル携帯電話をいつも手に持って歩いている人々を見ていると、人間の本質の姿は昔と比べてそんなに進歩もなければ後退もないと思ってしまう。

(ドイツの家具メーカーSedusのネットマガジンa-matter20025月掲載)

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ライター、ジャーナリスト(建築系)
自己紹介:
横浜育ち、現在ドイツのドレスデン在住。
専門分野は建築史(住宅史)。

活動
■某建築系雑誌のコレスポンダント
■ドイツ在住日本人向け情報誌ドイツ・ニュース・ダイジェストの「私の町のレポーター」のライター
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