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路上観察委員会 in Dresden, Germany
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その日のパリも朝から曇り空で、宿泊しているホテルの窓からこのところ連日見ている光景…白っぽい建物と白い空…に多少うんざりする。

彼らの朝の小さな楽しみは、毎日違うカフェを見つけること。この日歩く予定にしていたマレ地区までとりあえず歩く。

3月初旬のパリの朝の空気はまだ冷たく、雑然とした前日のホコリを封印しようとしているよう。猥雑な店が周囲に立ち並ぶホテルを出て、ポンピドゥーを横目に見ながら足早に通り過ぎ、静かな佇まいをみせるマレ地区にはいり込む。

通りを気が向くままあてずっぽうに歩く、その先には小さくこぢんまりとしているがフォトジェニックな店のファサードが次々と現れる。建築家である彼はしきりにシャッターを押して、これらのファサードを記録しようと躍起になっている。

二軒分のファサードを占めている店の外壁は落ち着いたブラウンの木の外壁。突然読めた文字はMariage Freres。「知ってるかも、この店」と彼女が言う。日本にも進出してるお高いお茶屋さんのあのマリアージュ・フレールなのか確認するため、ガイドブックを開く。どうやらそうらしい。きっと多くの日本人や観光客はガイドブックで事前にチェックしてピンポイントで来店するのだろう、周囲には目立つものもない静かなこの通りに。

売り場とカフェ、そして上の階には小さな博物館がある。その昔、世界各国からお茶を求めて大活躍していたマリアージュ・フレールの世界がしのばれる。

マリアージュ・フレールと最初に出会った時に薦められた「マルコ・ポーロ」は、その後も彼女の家のお気に入りで特別な時やちらり贅沢したい時に飲んでいる。ここには百種類以上のお茶があるが、全てがベストセラーになれるわけではなく、多くの人が指名買いするという「マルコ・ポーロ」は、お決まりながらも名品。お茶に固有名詞がついているのも印象的だが、時として名前を忘れることもある。「コロンブス飲みましょうよ」と彼女の母親が言った時、思考回路のスピードがまったく変化せず意味が分かったのは娘だからか。さすがに「バスコ・ダ・ガマ」と言う人はいない。これが言えたら上級編、とかそういう問題ではないのだが。

「マルコ・ポーロをください」と店員に伝えると美しい男性の店員はにやりとする。すかさず「沢山の日本人が買っていくでしょ」と言ってみる。「日本人が買うってことは、味が認められたってことよ」と言うのも一興。

洒落た店がところどころあるほかは、いたって静かな場所だが、時折レインボーカラーの旗が見受けられる。パリきってゲイの多い地域とガイドブックに書いてあるのを裏切るように、朝早くからソレと分かる人にはあまり出会えない。

パリのカフェと聞いてイメージするカフェは、ロール式の赤い日よけに店名が書かれていて、店の前には籐製の椅子が並んでいる。まさかそのような「絵に描いたようなカフェ」があるとは思わなかったが、それを見つけたい気持ちもあり、それが実際に目の前に現れた時には不思議な興奮を覚える。

「このカフェはよさそうだ」という目利き的勘は、二人とも一致した。

店の名前を読んでみる…Les Philosophes

レ・フィロゾフ。

ふむ、哲学者か。

しかも、複数形。

単数・複数があまり重要ではない日本語と比べ、英語もフランス語もドイツ語も単数・複数の区別がきっちりとついている。そんなに数が大切なのだろうか、彼らにとってもあまり重要でなければそのような区別は廃れてもよさそうなものなのに。そのような余計な事を考えるが、このカフェの店名は確かに複数形で書かれている。つまり、「哲学者たち」というわけ。

クロワッサンとカフェオレ、これしかない、パリの朝食なんて。立ち上るカフェの香りに、バターの風味豊かなサクサクのクロワッサンは朝の時間を最高にシアワセにしてくれる。

朝食を楽しんでいるその傍らで、店はランチに向けての準備に入っている気配がする。白いエプロンをしめたギャルソンが脚立によじ登り、黒板に白墨でランチを書きつけている。

一日中マレ地区で彼らは過ごした。ピカソ美術館でピカソに出会うために、貴族の館を覗き見するために。

「さっきのカフェよかったよね」

どちらが言い出すともなく、再び彼らはレ・フィロゾフのテーブルに座っていた。

「やあ!また来てくれたんだね」というギャルソンの笑顔。なんとなくにわか常連のような気分は、旅行者につきまとう「よそ者」感覚を救ってくれる。

一日中歩き回った彼らはホテルのベッドで沈み込んで寝ていた。

「夜の散歩をしよう」と彼が言い出す。このクソ寒い中、しかも疲れているのにコイツは正気か。

夜のシテ島はきれいだから、それを見ようという。ホテルから南に400メートルの距離だし、ま、いっか。

日が落ちたパリはことさら寒く、時々オレンジ色の街灯に照らされる黒い石畳を見つめて歩く。

666662a2.JPGセーヌ川に出ると、視線は自然と前方のシテ島、そして対岸に誘われる。

シテ島のすぐ西に架かる歩行者専用のポン・デザール(芸術橋)を渡る。左にシテ島の先端を見ながら。

「あそこに行こう」と言う彼の指の先には、シテ島の先端が。ますますコイツは正気か。さっさ引き揚げたいほど空気は冷たい。

深い青によどむセーヌ川はケルトのパリシー人たちが住み着き始めた以前から流れ、ローマ帝国がやってきた時も、ノートルダム寺院の礎石が置かれた日も、バーソロミューの大虐殺の日も、マリー・アントワネットがギロチン台にのぼった日も、ナポレオンが凱旋した日も、リンドバーグが到着した日も、ダイアナ妃が事故死した日も…流れていたんだ。当たり前だけど。その連続の力にしばし気持ちを寄せてみて、ゾっとする。

ポン・ヌフを渡ってシテ島に上陸し、誰もいない階段下りて、西端まで歩く。そこはスクエア・ヴェール・ギャランという小さな公園。

パリの文字通り中心地、そしてパリの発祥の地のそこは空白地帯のようにぽっかりとパリの熱気から解放され、パリの凝縮した空気が緩んでいた。

「ポン・ヌフの恋人」ってここか。

水際に鋭角に突き出した先端には四角く縁石が置かれているだけ。中心はえぐられたような跡があり、本来あるべきここのあるじの柳の木はなかった。

彼女は、シテ島の先端詣でをさっさと済ませてそそくさとホテルに引き揚げたかった。それほど川面をなでる三月の夜の風は冷たかった。その時、彼は小箱をポケットから取り出して開けた。二つ行儀よく指環が入っている。「そのうちのどっちかが君ので、どっちかが僕のだよ」と彼は言う。

深夜、二人は再びレ・フィロゾフの片隅に座っていた。ギャルソンの驚きと喜びの笑顔に少し照れる。ガラスの触れ合う音、客の笑い声、テーブルの間を忙しそうに行きかうギャルソンたち。その中に紛れてしまおう。

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ライター、ジャーナリスト(建築系)
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横浜育ち、現在ドイツのドレスデン在住。
専門分野は建築史(住宅史)。

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■某建築系雑誌のコレスポンダント
■ドイツ在住日本人向け情報誌ドイツ・ニュース・ダイジェストの「私の町のレポーター」のライター
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